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デザイン思考とAdobe XDの開発 : イノベーションへの手引き書

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画期的な製品や体験やサービスをつくる方程式が存在するとしたら?地道な改良の積み重ねの話ではなく、それまでの常識を変えてしまうような革新を、一気に実現する方法です。Adobe Experience Design (Adobe XD) の製品マネージャーの一人として、日々の仕事や生活で使い、また学ぶこの「手法」について、記事として紹介できるのは嬉しいことです。

もし、この話を懐疑的に感じているとしても理解できます。私自身、何年も前にイノベーションの背後に在る「科学」の研究を始めるまではそうでした。イノベーションとは、「人」について考えることに尽きます。詰まるところ、我々は人のために物を作る人なのです。

この記事を読む際には、「成長型の発想」の考え方を受け入れ、新たな視点に心を開いてみてください。「成長型の発想」について、「Mindset: The New Psychology of Success」の作者キャロル・ドウェックは、努力と学習が成長と成功に等しいという説明をしています。つまり、失敗から正しく学び努力すれば、成功につながるるという意味です。

デザイン思考の進め方

デザイン思考のプロセス(手法)はIDEOで開発され、スタンフォード大学のデザイン研究所d.schoolで教えられてきました。プロセスの最終的なゴールは、人々が望むものであり、実際に役に立つ可能性を持ち、技術的な実現可能性のある、製品、サービス、体験をつくりだすことです。

デザイン思考のプロセスでは、広範な共同作業と頻繁な繰り返し作業が行われ、5つの明確に分けられたフェーズ(共感、問題定義、アイデア化、プロトタイプ、テスト)を行います。その際に重要な点は、個々のフェーズの作業だけに集中することです。そして素早く繰り返すことです。

デザイン思考の各フェーズを、Adobe XDの開発経験を通して説明することにしましょう。アドビのエンジニアリングディレクターVincent Hardyが彼の記事で書いたように、Adobe XDチームは、月に2回のプライベート版と、月1回のパブリック版プレリリースを公開するという、大変果敢なスケジュールをこなしています。また、UserVoiceサイトを管理して、ユーザーからのバグの報告や新しい機能の提案を素早く学んでは、検証して優先順位を付け、必要と判断すればいつでも進む方向を変えます。

Adobe XDの開発チームは、専任の統合的なチームとして活動しています。T字型のデザイナー、エンジニア、プログラムマネージャー、マーケティング、そして私の様な製品マネージャーがいます。 T字型の人は、1つの事に非常に長けていながら、チームで他の役割もこなせる人です。常に好奇心を持ち、他の立場に強く共感する力が必須です。

デザイン思考は常に挑戦から始まる

Adobe XDが生まれる前の課題は次のようなものでした。

PhotoshopIllustratorはそもそも今日のUXが抱える挑戦のために設計されたものではなかった」

Adobe XDチームが、この問題を解決するアイデアを考え始める前に、まず人々と話をしに出かけたことは、デザイン思考プロセスの特徴的な点でした。

フェーズ 1 : 共感

共感は、誰かの立場に身をおいて、その人の目を通して物を理解するフェーズです。これを実現するために、1) インタビュー、2) 観察 、3) 体験の3つの方法が使われます。

1) インタビュー

Adobe XDチームは定期的に顧客に会い、実際のワークフロー、デザイナーが感じていること、働いている環境、困っていること、期待していること、などを調べます。アメリカだけでなく、世界各地でインタビューを実施しています。人により、様々な問題の見方や解決方法があるのを知るのは、素晴らしい体験です。インタビュー中は、文化人類学者のように振舞い、中立を保つのが重要です。答えは分かっているように思えた場合も、理由をちゃんと質問します。

ヨーロッパでインタビューをするAdobe XDの製品マネージャー達

トヨタが社内の製造工程を進化させる過程で使用された、豊田佐吉氏により開発された興味深いフレームワークがあります。それによれば、「何故?」を5回聞くと、どんな問題でも根本に辿り着けるということです。自分が好奇心の強い子供になって、対象がなんであれ、周りの事がそうなっている理由を知りたがっているかのように振舞うのです。

インタビューを実施する際の良い戦略は、回答に影響を与えないようにして、強い信頼関係を築くことです。決して、「これは良いんです。そうですよね?」と聞いてはなりません。代わりに、「これについてどう思いますか?」と尋ねましょう。更に良い質問は、「XXをしていたときに困難だった話を教えてください」です。「物語」を求めるのは、 多くの貴重な情報を与えてくれる、非常に強力な手法です。例えば、10代の流行を知りたければ、1万円で何を買うか聞いてみることです。

インタビュー中に、自分の物語を話したり、相手の物語求めたりするのは、良い関係の構築に役立ちます。最近、物語を話している間の脳の活動についての研究結果が発表されていました。それによると、ストーリーのクライマックスでは、聞き手と話し手の脳の活動が、本当に接続されているかのように似た活動をしていたそうです。

質問をするときは、回答を考えるのに必要な時間を与えましょう。沈黙を気にすることはありません。気まずく感じられたとしても、思考の中断によりインタビューに影響が出るのは望ましくありません。

デザイン思考のプロセスは、一般に量より質を求めます。つまり、インタビューの相手の数を減らす代わりに、それぞれの対象の代表と思われる人を選ぶのです。そして、求めるべきは事実ではなく洞察です。

洞察は、何かの深い理解によりもたらされる視点からの言葉です。それをつきとめて、個々の情報をつなげると急に意味が見えます。思わず、「なるほど!」となる瞬間です。

極端なユーザーも調査の役に立ちます。例えば、ショッピングカーとの利用者のインタビューをするとき、カートを使って身の回りの物を運んでいるホームレスの人の意見を聞くことで、重要な洞察を得られるかもしれません。

2) 観察

作業をユーザーに指示したら、ひたすら観察します。もし、「Amazonで買い物をするときに問題はありますか?」と聞けば、おそらく「いいえ、あそこで買い物をするのは簡単ですよ」という答えを聞くことになるでしょう。しかし、もし肩越しに実際に買い物をする様子を観察すれば、その過程での問題点を目にすることになるでしょう。

最近、アドビ社内でAdobe XDの体験会を行い、アドビのデザイナーに課題を与えてその様子を観察しました。すぐに、いくつもの分かりにくい使い方の存在が発見され、より良い使用時の体験のために既に改善が始まっています。

サンフランシスコでのAdobe XD体験会

我々Adobe XDチームは、様々な役割(デザイン、開発、製品管理)のメンバーが、オンライン(UserVoiceTwtter)、カンファレンス、ユーザー会、顧客訪問などからのフィードバックに触れ、製品の全ての側面からユーザーの課題に向き合うことが重要だと考えています。

Adobe MAX 2015でユーザーと話すAdobe XDチーム

3) 体験

自社製品であれ、競合製品であれ、ユーザーが実際に使っているものを使用します。ユーザーが体験する困難や楽しさを直接知ることが目的です。

私自身は可能な範囲で全てのデザインツールとプロトタイプツールを試しました。新しいメンタルモデルの探求求と同時に、ユーザーが希望する機能は既存のツールやサービスの影響を直接受けているかを知るためです。既存の考え方を捨て、新しい発想に辿り着くのは、おそらくもっとも難しい行為のひとつです。

関連する事実をお伝えしておくと、Adobe XDのデザイナーと製品マネージャーはAdobe XDを使ってAdobe XDをデザインしています。これは、実際にユーザーの気持ちを理解するのにも役立っています。

共感のフェーズでは、共感図のような強力なツールを利用し、ペルソナが何を言い、行い、考え、感じるかを表現します。

インタビュー、観察、体験からのデータを紐解き、明示的な必要性と暗示的な必要性に分類します。後者からは洞察を見つけられます。

フェーズ 2 : 問題(再)定義

共感の後は、最初の課題に立ち戻り問題を再定義するフェーズです。

課題や挑戦の(再)定義には、次の公式が役に立ちます。課題への視点 = ペルソナ + 必要性 + 洞察

例えば:

“サムは、現実の問題を解決でき、見た目も良いデザインを提供し、ユーザーを喜ばせることを楽しみとする熟練のデザイナーで、デザイン、プロトタイプ、検証をより短期間で行いたいと考えている。それは、ツールからツールへの切り替えの手間が何回も繰り返し発生していて、あまりに多くの時間を浪費していると感じているためだ。”

私が好きな言葉は、「デザイン思考とは、問題解決よりも、必要性の発見である」です。必要性の発見者になりましょう。

Adobe XDのために共感フェーズを終えた後、いくつかの重要な課題を特定しました。

  • PhotoshopとIllustratorが最初に設計されたとき、デザイナーは今日直面しているUXの課題を抱えていなかった
  • 問題の場面ごとに様々なツールがあり、情報アーキテクチャやワイヤー フレーム)のためのツール、ビジュアルデザインのためのツール、プロトタイプのためのツールなどを、ユーザーは使い分けながら、デザインから、試作、検証を行う必要がある
  • デザイナーは速いペースでさまざまなオプションを次々に試したがっているが、プロトタイプをテストした後に変更を行う場合に代表されるように、作業中には多くの手間が発生し、それらの手間は創造性の妨げになっている
  • デザイナーが使用する多くのツールが、全体的な視点を持たずに機能追加を繰り返し、機能間の連携が欠如したり、信頼性や性能に問題が出る場合もある

これより、ごく自然にAdobe XDの柱となるポイントを定義できました。

  • 思考するスピードでデザインできる
  • パフォーマンスと品質を保つ
  • 意味のあるワークフローを提供
  • 作業状況に対応するインターフェイス

これらを念頭に、Adobe Experience Design (もっと単純にAdobe XDと呼んでいますが)とは何かを考え始めました。

フェーズ 3 : アイデア化

共感と問題定義の後は、いよいよ頭を働かせる時間です。個人的には、アイデア化のフェーズは、最も楽しく興奮する、プロセスの中の最良の部分です。

アイデア化のフェーズには、2つの明確に異なる作業があります。

1. 分岐 (選択肢の作成)

共感や問題定義のフェーズと同じく複数の役割のメンバーが集まり、決められた時間内に、判断は後まわしに、とにかくアイデアを吐き出します。これは、アイデアの質を気にし始めると、明らかな解決案を見落としたり、真に革新的な案に到達できなくなるからです。ブレインストーミングを行う際には以下のルールに従います。

  • 判断は後まわしに
  • 量を優先する
  • 一度にひとつの会話だけ
  • 視覚的になるよう心がける
  • 他のアイデアの上に構築 (うん、だったら…)
  • トピックから脱線しない
  • ばかばかしいアイデアを奨励する

私が行ったデザイン思考のセッション全てで、チームは1時間以内に100以上のアイデアを出すことができました。

ブラジルでのデザイン思考のトレーニング中に行ったブレインストーミングの様子

2. 収束 (選択)

数多くのアイデアの中から実際に採用するアイデアを選択します。ここでは良い手段としてはシールによる投票があります。チームメンバーにシールを配り、メンバーそれぞれが採用したいアイデアにシールを張ります。その後ならば、民主的に一番の案を選ぶのも簡単です。

以上の2つの作業は、明確に分けて行うことが重要です。ブレーンストーミング(分岐)に1時間、解決案の選択(収束)に1時間を使います。

フェーズ 4 : プロトタイプ

さあ、実際に感じて考えてみましょう。プロトタイプは、アイデアを、何か感じられて経験できるものにするフェーズです。IDEOの言葉を借りれば、「ひとつのプロトタイプは、千のミーティングに勝る」です。

このフェーズには3つの段階があります。

  1. 閃き – 「それは何でありえるか?」
  2. 進化 – 「それは何であるべきか?」
  3. 検証 – 「それは何になりそうか?」

プロトタイプは、すばやく失敗しすばやく学べるすばらしいツールです。早い段階で失敗した方が、後になって多くのりソースが費やされてから失敗するよりずっと安くつきます。Adobe XDチームは、プロトタイプを使うことで、学び、アイデアの対立を解消し、会話のきっかけを作り、開発プロセスを管理しています。

スクロール、シンボル、レイヤー、ライブラリといった機能は、実際にプロトタイプを作成し、テストして検証しすばやく学ぶことで、作られたものです。

リピートグリッドの初期プロトタイプ

フェーズ 5 : テスト

プロトタイプを作成したら、実際のユーザーとテストを行います。テストは、プロトタイプと解決案を見直したり、ユーザーについて更に学び、問題への視点を検証するために行います。

テスト中は、ユーザーにプロトタイプを任せ、見て聞くことに注力します。もし簡単な修正ができる場合は、修正してもう一度テストします。ユーザーの言葉に注意を払い、自分の考えに拘らないよう気を付けましょう。

Adobe XDプロジェクトからの良い例として、レイヤーについての話があります。当初、Adobe XDチームは、レイヤーの無い環境を提供すれば、新しい発想が生まれるのを見ることになるだろうと考えていました。その考えを強く支持したメンバーもいれば、嫌っていたメンバーもいました。興味深いことに、Adobe XDをレイヤー機能無しで公開した後、一部のユーザーから、「実は、自分にはレイヤーが不要だったことが分かった」という発言が聞かれるようになりました。しかし、コミュニティと更に調査やテストを続けた結果、シンボルの書き出しや、複雑な構成のオブジェクトを扱う際に、レイヤーは役に立つという結論に至りました。

そのような経緯で、2016年後半にAdobe XDにレイヤーを搭載しました。内々では「ローカルレイヤー」と呼んでいる、特定の用途を想定した少しスマートな物にしたつもりです。結局の所は、ユーザーが良いか悪いかを判断してくれるでしょう。そして、Adobe XDチームはまた学び、次の一歩へとつなげるでしょう。

分析も、問題を見つけるのに(その理由を見つけられるかは別として)役立ちます。Adobe XDの分析チームは大変才能のあるグループで、ただ数字を集めるだけでなく、いつも質問することから始めます。例えば、「ユーザーはデザインモードを問題なく使えているのか?例えば、リピートグリッドにフォルダから画像をドラッグしたときはどうか?」。その後に数字を確認し、もしユーザーが問題を抱えていたら、使い方を分かりやすくする工夫をしたり、ツール自体を変更して、再びテストを行います。常に最初から質問に応えようとしています。

また、調査やテストの数を増やすため、約800人のデザイナーとプライベートのプレリリースプログラムを実施しています。質を優先した調査やテストには、主要なユーザーとのミーティングの他に、Google, Facebook, Airbnb, IDEO, Citi, NFL, EFM, LinkedInといった企業のデザイナーや、プラグイン開発者などの極端な使い方をするユーザー、合計38名からなるアドバイザリーボード(CAB)もあります。CABのメンバーとはSlackや直接の面談で継続的にコンタクトを取り、初期プロトタイプに対するフィードバックなどを収集しています。

プロセス全体のループを継続するため、テストフェーズが完了したら、それ以前のフェーズのいずれかに戻り、再びフェーズごとの作業を繰り返します。そして、忘れてならないことは、「プロセスを信じて、楽しむこと」です。

まとめ

デザイン思考は、デザイン上の挑戦から始まり、共感フェーズ(インタビュー、観察、体験)に移り、問題の再定義を行い、アイデア化(分岐と収束)を経て、プロトタイプ(すばやく学ぶために構築された)を使って、テスト・分析へと続く、手法もしくはプロセスです。

Adobe XDチームにとっては、もしチームが、継続的に耳を傾け、考え、創造し、検証し、学び、そしてこれらの活動をオープンにしていれば、ユーザーにとっての価値を積み上げて、デザイナーに喜ばれる解決案を作ることができると信じる根拠です。


この記事はDesign Thinking: A Manual for Innovation(著者:Demian Borba)の抄訳です

  AUTHOR

akihiro kamijo

アドビのコンサルティングチームでリードアーキテクトとして主にUIデザインプロジェクトに関わる。現在は独立してデザイン/開発に関連のマーケティング企画や情報発信、プロジェクト支援を行っている。