元・花王のマーケター石井龍夫氏に聞く「なぜアドビのフェローになったのですか?」

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2018年9月4日〜5日、東京・高輪で開催された「Adobe Symposium 2018」に、元・花王 デジタルマーケティングセンター長の石井龍夫氏がアドビ システムズ フェローとして登壇しました。2016年12月に花王を退職して以来、マーケティングコンサルティング会社などで企業のマーケティング活動を支援してきた石井氏が、なぜいまフェローとしてアドビに参加したのか、その思いとこれからのマーケティングについてお話を聞きました。

聞き手:フリーライター 岩崎 史絵 / 撮影:中村 宗徳

「アドビではこんな活動に従事するつもりです」

花王のデジタルマーケティング戦略を推進してきた石井さんが、今回アドビのフェローとして「Adobe Symposium 2018」に参加されたことに驚きました。どのようなきっかけで、アドビに参加することになったのでしょうか。

石井 これまで私がやってきたデジタルマーケティングの経験を生かし、日本企業のデジタル活用を支援していきたいと考えました。ただ、それをコンサルティングのみとするか、PDCAを回せる組織を持った企業と共に進めていくかを考えれば、後者の方が明らかに顧客にとってメリットが大きいということで、アドビに参画することを決めました。

アドビではどのような活動をしていくのでしょう。

石井 まずはアドビの顧客である大企業に対し、デジタルマーケティングへの取り組み支援ができると考えています。具体的にいえば、これまでの知見を生かした組織構築や顧客の課題に応じたデジタル活用の提案など、実践に近いところでアドバイスができると思います。

さらには、こうした知見をアドビのコンサルタントや営業にも展開したいと考えています。企業との向き合い方や課題の引き出し方、デジタル活用提案の仕方など、アドビのサービスをさらに向上させるスキルアップ支援にも貢献できるとうれしいですね。

最近、デジタルトランスフォーメーションなどデジタル活用に関心を抱く企業も増えていますが、それを実際に社内に展開するとなると、具体的な進め方や物事の考え方が確立されていないということが課題となります。。そのためにアドビがどういう点で支援できるかを考え、一方で日本企業独自の課題を優秀なコンサルタントに橋渡し、顧客とアドビが一丸となって取り組んでいくお手伝いができれば、と考えています。

「マーケティングとは、市場を拡大して売上・利益を上げること。刈り取りではありません」

Adobe Symposium 2018で印象に残った企業や講演はございますか。

石井 アスクルさんや三井住友カードさん、そして古巣の花王の現役マーケター(鈴木愛子氏)のお話しを拝見したのですが、デジタルマーケティングを推進する上で、コンバージョンを中心に考えるのではなく、顧客目線で「体験を作っていく」ことに主眼を置いていたことが印象に残りました。

デジタルマーケティングというと、数字が取れるからこそ、つい目先のデータに振り回されてしまうケースもありますよね。

石井 そうですね。その典型的事例が、「デジタルを使ってお客さんを見つけ、広告を配信して売りにつなげる」という刈り取り型マーケティングに向かっていくことだと思います。これはもう、焼畑農業と同じですよね。デジタルで数字が取れると、つい目先のことだけを考えてしまいがちなので、そこはマーケターとして見直さないといけません。

個人的には、マーケティングのゴールはとは「市場を拡大、創造して、売上と利益を大きくする」ことだと考えています。

たとえばヘアカラー製品の場合、あるドラッグストアでA社製品を購入して使っていた人を、B社の製品に変えることが出来たとしても、それを販売するドラッグストアにとってみれば売上は変わりません。けれどデジタルマーケティングで、「いつも美容院でヘアカラーをしている方」を見つけて「自宅で手軽でできるカラーリングへの興味」を促し自分事化することで、その人が初めてドラッグストアでヘアカラー製品を購入すれば、お店の売上は上がります。もっといえば、「カラーリングに興味があるけど、これまでやったことがない人」にカラーリングの良さを納得させることができれば、美容院やドラッグストア、どちらにとっても売上向上につながるでしょう。これが本来のマーケティングです。

ヘアカラー市場を拡大することを考えると、「これまでヘアカラーにチャレンジできなかった人に、デジタルを活用してヘアカラーをすべき理由を提供して自分事化し、ヘアカラーにチャレンジできるお店に連れて行く」ことがゴールになります。もともとデジタルマーケティングは、市場拡大をするチャンスとなるべきなのに、「広告を踏んだ人に、いかに自社製品を購入してもらうか」ばかりを考えると、刈り取った後には何も残りません。

なるほど、デジタルマーケティングを進めるに当たっては、そこで「物事の考え方」などが課題になるわけですね。

石井 広告活動の世界では一時期、インターネットやデジタルは「一段低いもの」と見られていました。たとえば動画広告を作るにしても、TVCMの焼き直しとか、ありものを流用して間に合わせることが一般的だったわけです。しかし、デジタルメディアが生活に浸透するに従って、お金がかかるテレビ広告よりも「デジタルの方がリーチコストが安い」ということで、「広告費削減を目的にデジタル広告をやろう」という企業が出てきました。でもこれも間違っていて、コストを節約するのではなく、顧客を理解し、顧客にとって適切な提案をして市場拡大につなげるため、デジタルを使ってマーケティングやコミュニケーションを革新する、というのが本来の姿だと思います。

刈り取り型のKPIやコスト削減という観点ではなく、いかに顧客を理解し、データに基づくパーソナライズされた顧客体験を作っていくか。デジタルマーケティングは、この考えを主軸に据えて推進していく必要があるのではないでしょうか。

「良い顧客体験の提供は、顧客の理解から始まります」

「良い体験作り」というと、Adobe Symposium 2018でいわれていた「Experience Makers」という言葉につながりますね。そして良い体験作りの前には、「顧客理解」があります。石井さんは花王にいらっしゃった時、「花王ウェイ」と呼ばれる企業理念にある「消費者起点」をベースに、顧客理解に努めていた実績があります。そうしたご経験から、Experience Makersを定義するとどんなミッションがあるのでしょうか。

石井 まずはお客様をきちんと理解していないと、エクスペリエンスは作れませんよね。そしてエクスペリエンスの定義は、ベタな表現になりますが、究極的には「お客様に対して感動を与える」ことだと思うんです。感動があれば、それが動機付けとなってお客様の「声」となる。花王の例でいえば、「この化粧水で肌が生き生きとした」という感動がきっかけとなって、口コミやレコメンドなどにつながりますよね。

企業が顧客に感動体験を提供するには、そもそも「誰に」「どういう体験を提案すればいいか」という理解が必要です。「肌で悩んでいる」「痩せたい」などいろんな思いがある中、「この人にはこの化粧水が合っているな」と提案するには、その人をきちんと理解しなければできません。

その顧客理解の基盤となるのは……

石井 データです。顧客理解にはデータが必要で、それはどこから出てくるかといえば、デジタルから生み出されるものが圧倒的に多い。だから「体験を作る」ということを考えると、やはりデジタルの活用がこれからの根幹になってくると思います。「デジタルマーケティング」という何か新しいものができたのではなく、「マーケティングがデジタルを取り込んでいく」という方が実態に合っていると思います。

それを支援するのがアドビのソリューションであり、石井さんの知見というわけですね。

石井 そうですね。アドビのソリューションは、webサイトやソーシャル、IoT、そしてこれからは購買などいろいろなデータを統合して、顧客理解を支援するプラットフォームがあります。データはもちろんソリューション同士もシームレスに連携しており、おそらくマーケティングソリューションを提供する会社の中でも、半歩先を行っていると言っていいでしょう。

実は私は花王時代からアドビのソリューションには注目しており、実際にツールを導入していました。そして面白いことに、花王在籍時に注目していた多くののソリューション企業がM&Aでアドビに統合されているんです。自分も含めていろいろな要素がアドビに集中することになって、それはそれで面白いというか、縁を感じますね(笑)。

「欲しいタイミングで広告を出して購買を促進、市場拡大を実現した『ビオレさらさらシート』」

石井さん自身がExperience Makersとして、新たな体験や市場を生み出したご経験を教えてください。

石井 女子高生の夏の必需品になっている花王の「ビオレさらさらシート」という製品がありますが、あの製品は私がビオレのブランドマネージャー時代に発売した製品です。もともとは、入院患者さんなどお風呂が入れない方向けの清拭シートとして開発されました。当時社内では制汗剤の「8×4(エイトフォー)」があり、女子高生のマストアイテムとして地位を確立していましたが、「ビオレさらさらシート」を新しい制汗剤ブランドとして、市場拡大していきたいという思いがありました。

そこでターゲットを、入院患者の方から女子高生にシフトし、真夏の通勤通学電車の中で広告展開をしたのです。真夏の電車の中では、周囲の人の汗の臭いが気になりますが、そんな時に「これで汗すっきり、さらさら」と訴求することで、購買意向につなげたわけです。

まさに、必要とする時にタイミング良く広告を表示するというスタイルですね。

石井 そうなんです。電車ステッカー広告を大々的に展開したのも、この商品が初めてだったと思います。商品が欲しくなった瞬間に自分事化するコンテンツを提供することで、広告成果を最大化できました。これこそ顧客体験の創出だと思います。現在はデジタルがありますから、「この人は、いまこういう状態にある」ということがわかりますし、それで疑似体験を促すことで商品の存在理由を理解してもらい、購買を促すことができると思います。

「今後海外へのチャレンジは必須、デジタル活用は避けて通れない時代が来ます」

お話を伺っていると、「マーケティングにデジタルを活用する」ことの意義や必要性がわかってきました。なのになぜ、日本でデジタル活用が進まないのでしょうか。

石井 進まないというより、そもそもデジタル活用の必要がなかったのだと思います。

必要がなかった?

石井 そうです。国内だけで1億2000万人の市場があり、教育水準や生活レベルもほぼ均一で、多様性に乏しく、テレビの影響力が非常に強い。たとえばシャンプーひとつ取っても、海外ならブルネット(栗色)用、ブロンド用など多様なバージョンが必要ですが、日本なら1種類で事足ります。こうした中、全国に販売網を整備し、独自の物流システムを持つことで、低コストで高品質な商品を流通させ、リーズナブルな価格で販売できてきたわけですが、これはあくまで日本だから実現できたビジネスモデルです。海外ならこうはいかず、事実花王でも海外展開に苦戦した経験があります。

海外なら、人種も生活レベルも習慣も多様な人たちの集まりであり、同一メッセージで一斉にリーチするマスマーケティングが効きません。だから顧客を理解し、きめ細かなマーケティングをするために、デジタル活用への取り組みが積極的に進められてきました。こうしたことから、欧米はもちろんアジア諸国と比べても、日本企業のデジタル活用はビハインド傾向にあると思います。ただ、このままのやり方がこれまでも通用するとは限りませんし、むしろこれから嫌でもデジタル化を進まざるを得ない状況が来ると思います。

その理由を教えてください。

石井 超高齢化社会が進む日本は、2065年までに現在の人口から4000万人減少するといわれています。つまり、市場が縮小することは間違いないわけです。

そうすると、「売上・利益の拡大」という命題を持つ企業は海外に挑戦することが必然となってきますよね。日本国内ではデジタルへのチャレンジは少なくても大丈夫ですが、海外に市場を求めようとすると、デジタル活用のノウハウやマーケティング戦略を持っていることが必要です。そうでないと、太刀打ちできません。

たとえば先日行った上海で、アリババ(阿里巴巴)が運営するスーパーマーケットで驚いた光景があります。お客さんがスマホで注文すると、店員にその情報が即時に配信されます。店員は店内で注文商品を専用の手提げ袋でピッキングして、天井に備え付けられたレールに引っかけます。商品を入れた手提げ袋はそのままバックヤードに運ばれ、待ち構えているバイク便のドライバーに渡されて、30分以内にお客さんに届けるわけです。デジタルを活用して、より利便性の高いサービスを提供しながら、顧客データを集めているわけですね。

2018年早々にマクドナルドが、スマホアプリで事前注文・決済できるサービスを開始しましたが、これも実は海外ではすでに展開されていて、珍しいものではありません。これもやはり、ユーザーの利便性を上げることはもちろんですが、注文履歴を顧客データとして蓄積し、これまで見えなかったヘビーユーザーを見つけたり、店舗ごとの顧客の好みなどを把握しやすくするという取り組みだと思います。

繰り返しになりますが、最適な顧客体験は、データによる適切な顧客理解から生まれます。デジタルトランスフォーメーションを進め、これまで、サイロ化していたデータをつなげることによる価値に気付いた企業の多くは、新しいサービスを開発し、データ収集と活用に取り組んだりデジタルを軸にEコマースを活用して海外進出に着手するなど、デジタル活用を本格化させています。その点において、花王時代から蓄積してきた海外展開やデジタル戦略の経験を生かし、少しでもお役に立てればと思います。

優れた顧客体験の提供のために取り組むべき3つの重要なテーマ (顧客理解、カスタマージャーニー、コンテンツマーケティング)についてお客様成功事例などの情報を集約したページを開設しました。
2018年9月4日〜5日に東京・高輪で開催された「Adobe Symposium 2018」の注目セッションの動画も公開しておりますのでぜひご覧ください。

https://www.adobe.com/jp/information/experiencecloud/experience2018.html

POSTED ON 2018.10.18