アドビの日本語フォント開発 30年の歩み 後編 #フォントの日 #Typekit

Adobe Fonts Creative Cloud Design

前編のつづき

東アジアの日本、韓国および中国語圏(簡体及び繁体の漢字を用いる)の国々で利用でき、それらの複数の地域の文字を同一文書で使う場合でも書体デザインの一貫性を維持できる、Pan-CJK フォント「源ノ角ゴシック」(Source Han Sans、ただしGoogleはNoto Sans CJKの名称を使用)の書体ファミリーをアドビとGoogleの共同で開発し、2014年にオープンソースのフォントとしてリリースしました(ライセンス条件はOpen Font License version 1.1に従います)。

従来、東アジアの上記の地域で読まれることを想定した多国語の文書を製作する場合、それぞれの地域や国語に合わせたフォントを、別々に準備して用いる必要がありました。なぜなら、それぞれの地域で必要とされる文字の種類、グリフの種類が異なるからです。それは、同じ文字についても、例えば、漢字の「骨」は、グリフが中華人民共和国で用いられる簡体字「骨」と台湾などの地域で用いられる繁体字「骨」と日本及び韓国で用いる「骨」の間で異なります。

他方で漢数字の「一」のような文字では、グリフに地域間の違いはありません。それぞれの文字ごとに、それぞれの地域で最も標準的とされるグリフを明らかにした上で、それを他の地域で用いられているグリフと分離して、別々のグリフとしてフォントに収録する必要があるか、必要とする場合には、どれだけの数の異なるグリフが必要となるか、あるいは逆に、地域間でグリフの形状の差異が微細であれば、統合して一つのグリフにすることができるのか、地域によって異なるグリフがあり得る場合には、この判断をそれぞれの文字ごとに行う必要があります。統合されて、地域間で共有されるグリフの数が増えれば、フォントに収録する必要のあるグリフの数が減るため、フォントのファイルの大きさは小さくて済みます。共有できるグリフの数が少なくなると、ファイルの大きさを減らせる余地も少なくなります。

とはいえ、各国のグリフの形状に対する嗜好性を尊重することは、どの地域でも広く使えるようにするための重要なポイントです。地域間のグリフの差異が小さくも大きくもない場合は、グレーゾーンに入って、統合不統合の判断が難しくなります。「源ノ角ゴシック」は、おもに漢字の製作について、中国のChangzhou SinoTypeと日本のイワタ、韓国語のハングルについては、韓国のSandoll Communicationに制作協力を依頼しました。文字の形の統合の可否については、アドビ のチーフタイプフェイスデザイナーの西塚涼子が、各国の書体デザイナーの意向を汲み取りながら判断を下す必要がありました。各国のデザイナーの間で意見が異なる場合には、議論したり、調停する必要も生じるため、このプロセスは困難を極めるものとなりました。

「源ノ角ゴシック」のデザインは、漢字については小塚ゴシックをベースにしていますが、字面とカウンタースペースの大きさはより小さくなるように抜本的にリデザインされ、仮名は新たに電子書籍などの用途での読みやすさも考慮して、カウンタースペース(文字の中で画線に囲まれた空白の部分)の大きさは控えめに処理し、伝統的なゴシック書体の要素も残しています。他方で、スマートフォンやタブレットのメニュー表示など、短い語句での利用も考慮して、直線的な画線も取り入れながら、保守的になりすぎない工夫も必要となりました。伝統的な本文用の書体と直線的で大柄な新しい見出し用途のゴシック体デザインとの中間にデザイン上の着地点を探る作業となりました。「源ノ角ゴシック」では、少し保守的ではあるけれども過度にならないよう絶妙なバランスを持ったデザインを意図しました。

アドビは、2011年にwebフォントのサービスを展開していたTypekitを買収し、PhotoshopIllustratorInDesignなどのアプリケーションソフトウェアを提供する Adobe Creative Cloud のサービス「Adobe Typekit」として緊密に連携し、フォントの利便性を高める改良を重ねてきました。それによって、web文書で指定した書体を表示することを可能にするwebフォントのサービスと、PC上に必要なフォントをダウンロードして使用できるデスクトップフォントの2つのサービスを柱にTypekitは機能するようになりました。はじめ、Typekitは欧文フォントだけに対応していましたが、「源ノ角ゴシック」の書体ファミリーの追加を皮切りに、2015年の6月には、アドビの日本語フォントがTypekitから利用可能となり、同年10月には、モリサワから提供を受けたモリサワおよびタイプバンクの20の日本語フォントがTypekitで利用可能となりました。さらに、2017年の7月には、モリサワからタイプバンクの10フォントがTypekitのフォントライブラリーに追加されました。さらに、同年9月には、日本の書体メーカー4社のフォントがTypekitのライブラリーに追加されました。視覚デザイン研究所字游工房大日本印刷フォントワークスが新たなTypekitの日本語フォント提供パートナーなり、74のフォントが追加されました。これらのTypekitが対応する日本語フォントはすべて、webとデスクトップの両方で利用可能です。

2017年4月に、「源ノ明朝」(Source Han Serif、ただしGoogleはNoto Serif CJKの名称を使用)の書体ファミリーをアドビとGoogleの共同で開発し、オープンソースのフォントとしてリリースしました(ライセンス条件はOpen Font License version 1.1に従います)。「源ノ角ゴシック」に次ぐ、Pan-CJKフォントです。「源ノ角ゴシック」の場合と同様、西塚涼子が書体デザインを担当しました。「源ノ明朝」もPan-CJKフォントとして、東アジアの漢字圏において利用できるだけでなく、異なる地域で用いられるグリフを混植した場合でも一貫した書体デザインが得られます。その点は「源ノ角ゴシック」と「源ノ明朝」に共通する最も重要な特徴の一つです。

しかし、「源ノ明朝」のデザインは「源ノ角ゴシック」よりも難しいものとなりました。明朝体は、きわめて長い漢字の書記と印刷の歴史の中で、東アジアのそれぞれの地域で独自の形態で発展を遂げてきました。そのため、グリフの形の地域間の差異も多様で、しかも書籍の本文用の書体として長く利用されてきたため、地域の人々の文字の形に対するこだわりもより強いものがあります。その結果、「源ノ明朝」においては、各地域間でグリフの形状が共有されるグリフと共有されないグリフの分布は、「源ノ角ゴシック」の場合とは異なったものになりました。しかし、明朝体がPan-CJKフォントとして、東アジアの諸地域で活用できるようになったことは、きわめて意義深いことです。なぜなら、本文用途を中心にしながらも、見出し用まで、ゴシック書体の場合よりも、広い用途で用いられることが予想されるからです。

「源ノ明朝」をデザインするにあたって、西塚涼子は、やはり「源ノ角ゴシック」と同様、保守的な傾向に歩み寄りつつ、同時に画線構成の単純化を意図しましたが、特に仮名のデザインについては、筆で書いた文字の形の在り方を探る試行を繰り返した上で、それを過度に強調するのではなく、控えめに最終的な文字の形態に残すように努めました。そのため、「源ノ明朝」には伝統的な性格と現代的な簡潔さという二つの傾向が共存しています。

「源ノ角ゴシック」と「源ノ明朝」の書体ファミリーは、オープンソースフォントとして提供されます。オープンソースで提供することで、従来、高品位なフォントを利用することが難しかった目的でのフォント利用が加速され、また、これまでに存在しなかった形態でのフォント利用が促進される可能性が生まれます。また、オープンソースのフォントがより高品位なものとなっていくのを助長する効果も予想できます。それによって、フォントの利用領域の拡大、フォント利用の活性化に貢献できることが期待されます。

2017年11月、アドビはTypekitの書体ライブラリーに、西塚涼子のデザインによる新しい見出し用書体「貂明朝」を追加しました。躍動感のある手書きの文字の特徴をそなえつつ、江戸時代の瓦版印刷に見える運筆も取り入れた、新しい見出し用の明朝体です。貂明朝にはアドビのType部門のプリンシパルデザイナー、ロバート・スリムバック(Robert Slimbach)がデザインしたフルセットの欧文グリフが含まれています。また可愛らしい貂の姿を含む絵文字グリフも収録しています。今日では、デジタルフォントの応用分野は多様化し、スマートフォンやタブレットPC、電子書籍などさまざまな表示デバイス上でフォントが利用されています。そのような時代にふさわしい見出し用の日本語書体のあり方を「貂明朝」は示唆しています。

1989年に最初の日本語PostScriptプリンターがリリースされて以来、フォントを実装する技術は、幾度も改良され、変化してきました。しかし、それはフォントの利用環境の変化に対応するだけでなく、高品位な日本語のタイポグラフィを実現するために必要なことでした。世界中の文字体系の文字に一元的にコードを割り振るUnicodeの普及、OpenTypeフォントへの移行、OSに依存しない包括的なグリフ集合、日本語のタイポグラフィが現実に必要とするグリフ集合の開発と保守、高品位な日本語のタイポグラフィを実現できるソフトウェアツールの開発、日本語フォントに対応したTypekitによるwebとデスクトップへのフォントの配信サービスなど、アドビはこれらのすべてに深く関わってきました。そして、それぞれの時期に、新しい書体デザインを日本のタイポグラフィの世界に提供してきました。それらの書体は、技術的な要素と深く結びつき、あるいは、技術的な要素を際立たせるものでした。

アドビと日本語フォントとの関わりは30年におよびます。最初のアドビオリジナルの日本語書体である「小塚明朝」をリリースした時からも、すでに20年近くが経ちます。そのあいだに、DTPはしっかりと普及しました。webやさまざまな表示デバイスの登場によって、フォントの応用領域も大きく広がり、高品位なフォントが利用可能となりました。アドビはそのように常に変化する市場の中で、利用者にとってフォントがより使いやすいものとなるように努めてきました。

他方で、フォントの応用領域の拡大は、新しい課題を我々に与えています。例えば、webやアプリケーション上でのダイナミックに変化する文字情報の取り扱い、表示デバイスや体裁の変化への対応とフォントとの関係、より広範囲の言語を含む多言語組版を可能にするフォントの在り方など、新たなチャレンジが顕在化してきました。

これからも、変化する世界の技術状況に適応すべく開発努力を継続し、そしてアドビ独自の魅力ある書体デザインによって、より多様な選択肢を利用者に提供し、さらに利用者の創造的な制作意欲を刺激し、触発し、そして日本のタイポグラフィの活性化に貢献したいと考えます。

英語版はコチラ

POSTED ON 2018.04.10

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